森 進一「港町ブルース」


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 4月15日リリースの名曲は森進一「港町ブルース」。1969年の大ヒット曲で、オリコン年間2位のミリオンセラー。紅白歌合戦では弱冠22歳・2回目の出場にして初めて白組のトリを飾る曲になりました。紹介する映像はまさにその時のものになるわけですが。
 ご当地ソングはどこか一箇所が歌われるのが通例ですが、この曲は複数の港町を舞台にしています。函館・宮古・釜石・気仙沼・三崎・焼津・御前崎・高知・高松・八幡浜・別府・長崎・枕崎・鹿児島。ただテレビだとフルコーラスというわけにはなかなかいかないようで、静岡と四国は飛ばされることが多いです。紅白歌合戦では先述した1969年と、東日本大震災が起こった2011年で計2回歌われていますが、両方とも真ん中が飛ばされる4コーラスという形でした。
 一曲でこれだけの土地を舞台に歌うのは戦後間もない頃にヒットした「僕は特急の機関士で」以来で、これが今までの森さんのシングル以上の大ヒットに繋がった部分もあったのではないかと推測。「いい湯だな」は前年にザ・ドリフターズが歌っていますが、元のデューク・エイセス版は群馬のご当地ソング。ちなみにこれ以降は「ふりむかないで」「中の島ブルース」「日本全国酒飲み音頭」「ジャパンパン~日本全国地元化計画~」「ロックンロール県庁所在地」「ぁぃぁぃといく日本全国鉄道の旅」などがあるでしょうか。意外と思いつくものですね。でもこのテーマでこれだけしみじみさせるのはこの曲だけだと思います。おそらく。
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tag : 1969年 男性演歌 森進一 紅白歌合戦歌唱曲

はしだのりひことシューベルツ「風」


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 1月10日リリースの名曲ははしだのりひことシューベルツ「風」。前年に解散したザ・フォーク・クルセダーズの端田宣彦が中心となって作られたグループのデビュー曲。「帰って来たヨッパライ」「悲しくてやりきれない」などの名曲を生み出した前年のフォークルは、元々メジャーでは1年だけの活動という約束だったようです。彼を中心として結成されたメンバーは、杉田二郎・越智友嗣・井上博の4人。杉田二郎は、ジローズとして次の年「戦争を知らない子供たち」を発表したことで一般でもお馴染みでしょうか。
 フォークルでは「イムジン河」などメッセージ性の強い楽曲もありましたが、この曲あるいは後のクライマックス「花嫁」などに関して言えば叙情的なフォークソング。旅人の心情を、”そこにはただ風が吹いているだけ”という言葉で表す歌詞に、心が打たれる楽曲です。交通手段は当時と今で大きな変化はあるかもしれませんが、一人でどこかに向かう旅人の心情はそう変わらないように私は思います。そういう意味では、世代年代関わらず50年近い前の楽曲であっても、確実に心に響くナンバーと言えるのではないでしょうか。

tag : 1969年 フォークソング はしだのりひことシューベルツ デビュー曲

西田佐知子「涙のかわくまで」


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 12月27日リリースの名曲は西田佐知子「涙のかわくまで」。この日にシングル発売されることは今もそんなにはないのですが、5の倍数の日と1日・21日と決まっていた昭和の頃はさらにレアなケース。一応次の年1月から集計開始したオリコンのデータでは1967年12月27日発売とあるのですが、もしかすると実際は21日くらいが発売日だったのかもしれません。
 西田佐知子は1960年代を代表する歌姫で、紅白には1961年~1970年まで10年連続出場しています。発売されたばかりではあったのですが、この曲で1967年・年末のNHK紅白歌合戦に出場。ヒットは主に翌年で、1968年オリコンチャートでは年間27位。楽曲は宮川泰作曲の、いわゆる”和製ポップスの興り”の線上にいるナンバー。それまでの彼女のヒット曲「アカシアの雨がやむとき」「エリカの花散るとき」などは、どちらかと言うと演歌寄り(当時は演歌という言葉自体もなかった頃)の歌謡曲。ただ元々は「コーヒー・ルンバ」をはじめとする洋楽カバーも多く歌っていて、前の年の「信じていたい」(この曲も宮川泰作曲で紅白歌唱)もポップス寄り。1960年代前半のポップスは洋楽カバーが当然だった時代ですが、この頃になると日本人作曲家が作るポップスがいよいよ定着する時代になってきます。グループサウンズの最盛期もこの時期でした。
 ちなみに若い人に分かりやすく西田佐知子を説明すると、”関口宏の奥さん”ということに集約されるでしょうか。結婚と同時に歌手活動をセーブして、芸能の表舞台からは退きます。ジャケットを見れば分かるかと思いますが、大変な美人歌手でした。ザ・ピーナッツや弘田三枝子などとともに、10年近くヒットし続けた女性ポップス歌手の先駆けと言っても良いのではないでしょうか。

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美空ひばり「むらさきの夜明け」


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 美空ひばりが歌謡曲の女王と、没後27年経った現在でも定期的に振り返られるのは際立った歌唱力があるからこそですが、勿論それだけが理由ではなく。その一つとして”どのジャンルでも傑作を残している”ということが大きいと思います。一般的には演歌のイメージが強いかと思いますが、この人はジャズやオールディーズのカバーも多数残しています。晩年の「愛燦燦」は小椋佳提供で、歌謡曲ですがフォークソング方面の色彩が強かったですね。そして語らなければいけないのが、1967年に全盛期を迎えたグループサウンズとの共演。5月に発表した「真赤な太陽」は、この年「ブルー・シャトー」で日本レコード大賞を受賞したジャッキー吉川とブルーコメッツがバックバンド。そして10月10日リリースの名曲として今回ピックアップした「むらさきの夜明け」もまた、作詞:吉岡治、作曲:原信夫という「真赤な太陽」と同じ制作陣。バックバンドはさすがにブルコメではないようですが。ただエレキギターやドラムの音、間奏のキーボード辺りはまさに当時のブルコメっぽい編曲のようにも感じます。フルートがあれば完璧でしたが。和製ポップスの音に響き渡る、ミニスカ姿の美空ひばりの歌声はやっぱり素晴らしいですね。特に音圧といいますか声圧といいますか、こういう伸びやかなメロディーだと歌声の厚みが完全に別格級の魅力があります。
 「真赤な太陽」ほどの国民的ヒットではなかったようですが、この曲も1968年から集計開始されたオリコンチャートで最高6位。売上枚数はオリコン集計期間の範囲内だと、実は「川の流れのように」「みだれ髪」に次ぐ数字だったりします。前の年が「悲しい酒」、その前が「柔」という国民的ヒットに彩られているのですが、意外とこれ以降数字に残るヒット曲が少ないんですよね。1970年の「人生一路」も知名度は大変高いですが、初のレコード収録はシングル「花と炎」のLP、オリコン最高94位だったり。ただ1967年から1972年まで6年連続紅白大トリという事実が、この時期既に歌謡界の女王という地位を完全に築いていることを示しています。

tag : 1967年 歌謡曲 女性ソロ 美空ひばり

ザ・ピーナッツ「恋のフーガ」


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 8月10日リリースの楽曲はザ・ピーナッツ「恋のフーガ」。上で紹介した動画は大変貴重な内容ですが、これは今風に言うPV、と解釈して良いのでしょうか。いわゆる宣伝映像、当時はスカパーなどが全くなかった時代でおそらくテレビでのオンエアは後世のNHKBS辺りが主だったかと思うのですが…。
 昭和42年、1967年に発表されたザ・ピーナッツの名曲は日本だけでなく海外でもスタンダードナンバーになりました。坂本九がアメリカでビルボード1位を獲得したのは1963年ですが、彼女たちも同じ時期から海外でも人気ある日本人アーティストになりました。ソ連・東西ドイツ・イタリア・アメリカ等々。特にヨーロッパでは現在でも「恋のフーガ」、あるいは「恋のバカンス」が定番として親しまれているようです。”追いかけて、追いかけて、すがりつきたいの…”で始まる歌詞とメロディーは、いつの時代にも何かしらの形でカバーされたりコマーシャルソングとして使われたり。「恋のバカンス」もそうですが、自分にとってはザ・ピーナッツの存在を知る前にいつの間にか頭に入ってる類の楽曲でした。激しい恋を歌う楽曲は、特に冒頭のティンパニと間奏の音でより強調されていますがこの編曲はオリジナルならではのもの。小柳ゆきやW(ダブルユー)などもカバーしていますが、やはり原曲の音には勝てないと思います。洗練された音でなく、モノラルの決して質が高くない古い音だからこそより説得力あるように思えるのは私だけでしょうか。
 以前にもこのブログで書きましたが、ジャパニーズ・ポップスの歴史の始まりは彼女たちによって作られた面が大きいです。洋楽のカバー中心から和製ポップス中心に移行したのが1960年代中盤ですが、そのキッカケになったのが「ふりむかないで」「恋のバカンス」といった作品群。グループでの歌手活動も彼女たち以前にはほとんど存在していなかったですね。ダーク・ダックスなどの男声合唱、和田弘とマヒナスターズにこまどり姉妹がヒットし始めたのは、ザ・ピーナッツのデビューと同時期(1959年前後)でした。1975年に引退後は表舞台に立つことなく、2012年に姉のエミが死去。今年5月に妹ユミも亡くなり2人とも存命でなくなりました。時の流れというのはかくも早いものかと、特に当時の彼女たちを知る人は感じることでしょう。30代の私でも最近そう感じる部分が多くなり始めているのですから…。

tag : 1967年 女性2人組ユニット ザ・ピーナッツ 紅白歌合戦歌唱曲

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