美空ひばり「真赤な太陽」


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 以前当ブログで「むらさきの夜明け」をピックアップしましたが、今回はその元祖とも言える「真赤な太陽」。1967年5月25日発売の名曲です。当時グループサウンズ全盛期、その中でも「ブルー・シャトー」で人気が沸騰していたジャッキー吉川とブルーコメッツがバック演奏。歌謡界の女王と時代を引っ張る若手との夢の共演、現代に置き換えれば石川さゆりのバックでRADWIMPSが演奏するようなものでしょうか。
 ひばり嬢とブルコメは同じコロムビアレコード所属。元々は芸能生活20周年記念アルバムに収録する企画的な楽曲だったのを、その出来の良さでシングル化したという経緯があるようです。基本は着物、時々ドレスで歌うこともある美空ひばりですが、ミニスカのワンピースで歌ったのはこの曲くらいではないでしょうか。50年前、ちなみに紹介の映像はカラーですが、当時としてはかなり貴重なものになっています。カラー放送は1964年から開始ですがまだお茶の間のテレビは白黒が大半、映像もフィルムが高価で白黒使い回しがほとんど。正直よく当時の映像がこうやって残っていたなぁと、しみじみ。

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tag : 1967年 歌謡曲 美空ひばり

荒木一郎「いとしのマックス」


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 シンガーソングライターという言葉が日本で使われるようになったのは、フォークソングが商業音楽として成立し始める1970年代前半のこと。それ以前の歌謡曲はカバー曲を除くと、ほとんど職業作詞家・作曲家が歌手に提供してヒットさせるという形でした。例外は俳優が自分で曲を作って歌を歌ってヒットさせるパターン。例えば森繁久彌の「しれとこ旅情」は後に加藤登紀子のカバーで知れ渡りますが元は自作自演。紅白歌合戦でも1962年に歌われています。
 今回紹介する荒木一郎もまた、俳優から音楽への世界に進出して大ヒットさせた一人。同じ時代に加山雄三もいましたが、こちらは作曲だけでなく作詞も自作。歌謡曲の世界では大変画期的な存在でした。5月15日リリースの名曲は彼が歌う「いとしのマックス」。1967年のヒット曲です。前の年の「空に星があるように」は弾き語りのバラードでしたが、こちらはエレキギターの音が真新しいポップス。時期としてはThe Beatlesが来日して間もない頃、グループサウンズが多くヒットし始める頃。エレキの音は間違いなく当時でいう新しい時代の音の象徴でした。そういえば日本語の曲に英語を織り交ぜるのも当時の職業作詞家では見られなかったこと。後年の不祥事もあって語られにくい部分は否めないですが、彼こそが本当に時代を先取りしていた天才的クリエイターだったと言えるのかもしれません。

tag : 1967年 男性ソロ 荒木一郎 紅白歌合戦歌唱曲

トワ・エ・モワ「或る日突然」


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 昭和40年代中盤は男女デュオのグループが多くヒットした時代でもありました。ヒデとロザンナ、トワ・エ・モワ、チェリッシュ、ダ・カーポ、Kとブルンネン、ヘドバとダビデ…。5月14日リリースの名曲、今回は1969年からトワ・エ・モワのデビュー曲「或る日突然」をピックアップ。10日発売説もありますが、一応オリコンでは14日に発売とあります。デビュー曲からいきなり大ヒット。リアルタイムを全く経験していないのでなぜヒットしたのかはよく分からないですが(汗)、作詞・山上路夫、作曲・村井邦彦は双方とも当時は新進気鋭のヒットメーカー。
 1969年といえば学生紛争がそこかしこで起こるなどとかく落ち着かない世情でしたが、その中でラジオから流れるこの曲に気持ちを落ち着かせることが出来たという人は多かったのかもしれません。同時にフォークソングにやや近い曲調も若者から支持を集めた可能性もありそうですね。完全に個人の推測でしかないのですが…。いずれにしても、1969年を代表する名曲であることは間違いない事実。ボーカルの白鳥英美子さんの声は、今聴いても綺麗で美しく色褪せることはありません。

tag : 1969年 男女デュオ トワ・エ・モワ デビュー曲

黒沢明とロス・プリモス「たそがれの銀座」


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 今年4月20日に、新しい商業施設GINZA SIXが開業しました。元は松坂屋があった場所、銀座の景色も時代とともに移り変わっていきます。5月1日リリースの名曲は古き良き時代の銀座を歌った「たそがれの銀座」。1968年のヒット曲です。著名な映画監督とは違う同姓同名の、黒沢明とロス・プリモスが歌うムード歌謡。「雨の銀座」「恋の銀座」「たそがれの銀座」、この3曲がシリーズとして同じ年にヒットしました。これより少し前だと和田弘とマヒナスターズ「銀座ブルース」、山内賢・和泉雅子の「二人の銀座」、もう少し遡ると石原裕次郎・牧村旬子「銀座の恋の物語」。別の時代だと「銀座カンカン娘」、古内東子が歌う「銀座」、そして最新のヒットは椎名林檎とトータス松本の「目抜き通り」。いつの時代も銀座は歌のヒットの宝庫ですが、1960年代は特に集中してヒット曲の舞台になっていました。
 この曲は何と言ってもリズムの良さ。”一丁目の柳が…”という具合で、一丁目から八丁目までの風景をそれぞれ歌っています。思いっきり大人の歌謡曲ですが、この語呂の良さは当時の子どもでも記憶に残っている人は多いのではないでしょうか。「ラブユー東京」ともども大ヒット、年末の紅白歌合戦でも歌唱されています。風景が変わっても名曲は残る、その好例ではないかとあらためて思うわけですがいかがでしょうか。

tag : 1968年 ムード歌謡 黒沢明とロス・プリモス 紅白歌合戦歌唱曲

森 進一「港町ブルース」


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 4月15日リリースの名曲は森進一「港町ブルース」。1969年の大ヒット曲で、オリコン年間2位のミリオンセラー。紅白歌合戦では弱冠22歳・2回目の出場にして初めて白組のトリを飾る曲になりました。紹介する映像はまさにその時のものになるわけですが。
 ご当地ソングはどこか一箇所が歌われるのが通例ですが、この曲は複数の港町を舞台にしています。函館・宮古・釜石・気仙沼・三崎・焼津・御前崎・高知・高松・八幡浜・別府・長崎・枕崎・鹿児島。ただテレビだとフルコーラスというわけにはなかなかいかないようで、静岡と四国は飛ばされることが多いです。紅白歌合戦では先述した1969年と、東日本大震災が起こった2011年で計2回歌われていますが、両方とも真ん中が飛ばされる4コーラスという形でした。
 一曲でこれだけの土地を舞台に歌うのは戦後間もない頃にヒットした「僕は特急の機関士で」以来で、これが今までの森さんのシングル以上の大ヒットに繋がった部分もあったのではないかと推測。「いい湯だな」は前年にザ・ドリフターズが歌っていますが、元のデューク・エイセス版は群馬のご当地ソング。ちなみにこれ以降は「ふりむかないで」「中の島ブルース」「日本全国酒飲み音頭」「ジャパンパン~日本全国地元化計画~」「ロックンロール県庁所在地」「ぁぃぁぃといく日本全国鉄道の旅」などがあるでしょうか。意外と思いつくものですね。でもこのテーマでこれだけしみじみさせるのはこの曲だけだと思います。おそらく。

tag : 1969年 男性演歌 森進一 紅白歌合戦歌唱曲

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