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内山田洋とクールファイブ「中の島ブルース」


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 内山田洋とクールファイブが歌ってヒットした「中の島ブルース」は1975年7月25日発売。札幌・大阪・長崎の中之島をテーマにしたご当地ソングで大ヒットしました。元は歌志内出身のムード歌謡グループ・秋庭豊とアローナイツが自主制作で発表した作品で、札幌のみをテーマにした内容。これと似た事例に、当初群馬のご当地ソングだったのがドリフによって全国の温泉を歌った曲になった「いい湯だな」があります。アローナイツがメジャーデビューするにあたって、大阪と長崎を補作詞してクールファイブと競作になりましたが、セールスはクールファイブの圧勝。その年の紅白歌合戦でも当然クールファイブによって歌われましたが、平成になって前川清ソロで18回連続出場した際に一度も選曲されていないのは、あくまでもアローナイツの持ち歌であるという配慮もあったのでしょうか…。
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tag : 1975年 ムード歌謡 内山田洋とクールファイブ 紅白歌合戦歌唱曲

五木ひろし「ふるさと」


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 「ふるさと」というタイトルの楽曲は、文部省唱歌を筆頭に多数存在していますが私はやはりこの「ふるさと」が一番好きですね。山口洋子作詞、平尾昌晃作曲。昭和48年・1973年に発表された五木ひろしの「ふるさと」。当時を生きる人はもちろん、そうでない若い人でもNHK連続テレビ小説『ちりとてちん』でお馴染みの楽曲になります。
 三拍子のリズムに乗せて歌われる歌詞は、まさしく日本の原風景といったところでしょうか。ただ”Gパン”という言葉に、少しばかりの新しい要素を感じさせます(当時ジーンズは一般的になってあまり間もない時代でした)。”祭り””小川のせせらぎ””仔馬””杏の花”、選ぶ言葉のセンスが本当に抜群。平尾昌晃のメロディーも、演歌というより歌謡曲でそもそもルーツはロカビリー。今では新しい唱歌に採用したいくらいのスタンダードですが、あらためてその時代の感覚で考えると、当時の新しい要素がふんだんに詰まったヒット曲と言うべきなのかもしれないですね。五木さんも当時25歳、間違いなく未来を担う若者のひとりでした。

tag : 1973年 男性演歌 五木ひろし 紅白歌合戦歌唱曲

しばたはつみ「マイ・ラグジュアリー・ナイト」


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 大人の歌謡曲、昭和にはこういった言葉が似合う名曲が多くあります。その中でもトップクラスに上質さを感じる一曲が今から40年前にヒットしました。しばたはつみ「マイ・ラグジュアリー・ナイト」、1977年7月10日リリース。マツダのCMから話題になってロングヒット、その年のNHK紅白歌合戦でも歌われました。
 歌うしばたはつみは1968年はつみかんなとしてデビュー、2度の改名を経てようやくヒットに恵まれた形。情感あふれる歌声は、当時20代とは思えない絶大な説得力。一方作詞作曲は来生えつこ・来生たかお姉弟。1980年代以降多数のヒット曲を手掛けたヒットメーカーの、初ヒット曲でもありました。都会的なエッセンスと、当時はまだ多くなかった日本語の中に入る英語の歌詞。ラストの歌唱は、歌謡曲というよりジャズ・オールディーズを聴いているかのよう。しばたはつみの両親が音楽家、師事していた先生が著名なジャズピアニスト・世良譲であったことも大きいでしょうか(紅白では世良さんとの競演でした)。新しい要素もありながら、スタンダードを感じさせる楽曲はとても新鮮。日本の名曲として、もっと語り継がれて欲しいナンバーです。歌い手の彼女は2010年に若くして死去、それが非常に残念で悔やまれます…。

tag : 1977年 女性ソロ しばたはつみ CMソング 紅白歌合戦歌唱曲

ソルティー・シュガー「走れコウタロー」


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 7月5日発売の名曲、今回は1970年発表のソルティー・シュガー「走れコウタロー」。今でも運動会の徒競走で時折使われるという、ソルティー・シュガー最大のヒット曲。
 競馬をモチーフにしたこの曲は、元々遅刻ばかりしていたメンバー・山本コータロー(G)をネタにした楽曲。憶えやすいメロディーもさることながら、途中当時の都知事・美濃部亮吉の声色を経て実況に入る間奏が大変特徴的。競馬を含む公営ギャンブル廃止に取り組んでいた彼に対する皮肉、興奮しすぎて蛍の光の歌詞になってしまう実況などパロディー満載。口コミをキッカケに最終的に大ヒットに至りました。発売直前にメンバーであり、この曲を作詞した池田謙吉が21歳で急死するという大きな試練を乗り越えてのヒットでもあります。
 ちなみにこの曲のメロディーは、1996年にアニメ『みどりのマキバオー』OPテーマ「走れマキバオー」として流用(歌詞は一部改変)。アラサー世代にとっては、むしろそちらの方が馴染みあるかもしれません。

tag : 1970年 フォークソング ソルティー・シュガー

海援隊「JODAN JODAN」


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 海援隊といえば、まず多くの人が思い浮かべるのは「贈る言葉」。その次が「母に捧げるバラード」。ただ3番目となるとリスナーによって傾向が変わります。「思えば遠くへ来たもんだ」に代表される叙情路線、「人として」「スタートライン」などの金八路線、そして「あんたが大将」「JODAN JODAN」のコメディー路線。私が好きなのは何と言っても一番最後のコメディー路線、特に「JODAN JODAN」は最高ですね。むしろ「贈る言葉」「母に捧げるバラード」より好きだったりします。
 発売は7月1日、1979年。ちょうど西城秀樹「YOUNG MAN」が大ヒットしていた頃。映像を見て分かる通り、"J""O""D""A, N!"の人文字はヒデキのパk…もとい、オマージュしてアップデートさせたもの。楽曲の内容は男の悲哀。サウンドはカッコ良いですが、全体の雰囲気は全くカッコ良くありません。むしろダサいです。でもそれがとても人間らしくて、むしろカッコ良いバンドよりずっと好感を持てます。
 なお武田鉄矢が金八先生として桜中学に赴任するのはこの3ヶ月後。ドラマとともに「贈る言葉」が大ヒットして、金八先生が当たり役になったのは喜ばしいことですが、立場上こういう曲の発表がほぼ無くなってしまったのは唯一の誤算でしょうか…。ついでに言うと1990年代後半~2000年代に活躍してお笑いコンビ・ジョーダンズの由来はむろんこの曲。

tag : 1979年 3人組 海援隊

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