五輪真弓「さよならだけは言わないで」


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 五輪真弓の楽曲が振り返られる際、大半は最大ヒット曲になる「恋人よ」になりますが他にも名曲は多数あります。そもそもデビュー曲の「少女」からして、1972年当時では相当先進的な作品で大変高い評価を得ていたわけですが。今回3月21日リリースの名曲として紹介するのは1978年の「さよならだけは言わないで」。フォークソング畑にいた彼女が積極的にテレビ番組で歌うようになったのは、この曲が初めてなのだそうです。「少女」以降のシングルセールスは決して高くなかったですが、この曲はオリコン年間49位に入るヒット。これが2年後「恋人よ」の大ヒットに繋がった部分も多少はあったのではないでしょうか。内容はタイトルが示す通りの別れの曲。イントロのメロディーから雰囲気抜群、畳み掛けるようなサビがより儚さを演出しています。アルトの声質が響き渡る歌声も抜群ですね。最終的にはアジア一円で人気を博す存在になる五輪真弓の出世作、あらためて再評価されて欲しい一曲です。
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tag : 1978年 女性ソロ 五輪真弓

キャンディーズ「春一番」


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 ”3月”という言葉が出た瞬間、冬が終わり春が始まるという気持ちになる人はきっと多いはず。もっとも実際3月の始まりは決してそんなことなく、10日頃に北海道に出かけた際はまだ思いっきり雪が降っていて真冬そのものでした。実際に春一番が吹いた後でも、冬のような寒さを感じる日は結構あったりします。今年の関東地方で春一番が吹いたのは2月17日のようですが…。
 というわけで、今回取り上げるのはキャンディーズの名曲「春一番」。シングルとして発売されたのは3月1日、1976年。41年も前の曲になりますが、春の名曲として長く歌い継がれています。キャンディーズにとっては、前の年の「年下の男の子」に続く大ヒット曲。年末の紅白でも選曲されました。
 元々は前年4月のアルバム『年下の男の子』1曲目に収録されているナンバーで、編曲もかなり違うようです。ただアレンジを変えてシングルとして世に出るかなり前から、その動きはあった模様。作詞作曲は穂口雄右ですが、歌詞に関しては仮で穂口さんが作ったものをそのまま正式化したものなんだとか。
 いずれにしても、春を代表する名曲であるとともに、アイドルソングとしても長く語り継がれる存在になっています。おそらくリアルタイムでない20~30代でも、知らない人の方が少ないくらいではないでしょうか。最終的には歌謡曲を飛び越えて童謡に近い存在になるのではないかと、あらためて思うところです。

tag : 1976年 女性アイドル 3人組 キャンディーズ 紅白歌合戦歌唱曲

左卜全とひまわりキティーズ「老人と子供のポルカ」


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 2月10日リリースの名曲として今回紹介するのは1970年より、「老人と子供のポルカ」。歌うのは当時76歳だった俳優・左卜全と劇団ひまわりの子役女子5人。ちなみにそのうちの1人は後のLe Couple・藤田恵美だったりしますが。
 当時は大阪万博を間もなく迎えようという高度経済成長期の真っ最中。ですが同時に全共闘運動が激しさを増し、国鉄などでストライキが多発した不安な時代でもありました。そんなメッセージを込めたのがこの曲。左さんが一見コミカルに、”やめてけれーゲバゲバ”と歌っていますが、ゲバというのは抗争という意味を指します。新左翼の内ゲバ問題が起きたのは1970年代前半のことでした。”どうしてーどうしてー”と嘆きを込めながら歌う老人が左卜全、当時史上最高齢のレコードデビューでした。
 彼の強烈なボーカルは我流を通した結果だそうです。ちなみにこのユニットは第2弾シングルも予定されていたらしいですが、程なくして左さんが病死。実質一曲限りになりましたが、約45年経っても語り継がれる存在になっています。さすがにストライキや新左翼といった事象はなくなりましたが、世情不安は形を変えて現在も多くあります。むしろ今の方がどちらかと言うと深刻なのかもしれません。この曲はコミカルながらも大変骨のある一曲です。こういう存在のヒット曲がもう少し今の世の中にあってもいいような気もしますが…。

tag : 1970年 歌謡曲 左卜全とひまわりキティーズ

赤い鳥「翼をください」


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 2月5日発売の名曲として今回紹介する楽曲は、1971年に発表されたナンバーです。そうなると主なターゲットは50代以上になりそうですが、多分日本に住んでてこの曲を知らない人は10代・20代でもほぼいないはずです。「翼をください」。合唱曲として知った人、音楽の教科書で知った人、サッカーの応援歌で知った人、川村カオリのカバーで知った人もいるかもしれません。最初にレコードに収録されたのは、フォークグループ・赤い鳥のシングル「竹田の子守唄」のB面として。最初の演奏は前年ヤマハ主催で行われた作曲家コンテスト『合歓ポピュラーフェスティバル'70』にて。リアルタイムのヒット曲としてはどう聴こえたのか、当時を生きていない私には分からないですが、1970年代後半には既に合唱曲として親しまれる存在になっていたようです。
 アラフォー以下くらいの年齢になると、オリジナルのアレンジの方が逆に新鮮に聴こえるかもしれないですね。むしろ既に歌い手を離れたエバーグリーンな曲になっていると言えそうです。「歌はいつからかよみ人知らずになる。本当にいい歌は永遠の命をもつ」とは生前の作曲家・吉田正先生が仰ってた名言。この曲はおそらくそういう存在の楽曲として、21世紀だけでなく22世紀・23世紀になっても語り継がれていきそうです。

tag : 1971年 フォークソング 赤い鳥

チューリップ「銀の指環」


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 リアルタイムでない後世の人間から見ると、おそらくチューリップ=財津和夫のイメージが強いかと思います。少なくとも私はそうでした。ただ世代を経験した人々、あるいは彼らの音楽を何曲か聴いたことある人なら、その公式は当てはまらないことがわかります。よくよく考えると前年大ヒットの「心の旅」からしてそうですよね。1月20日リリースの名曲は1974年発表の「銀の指環」、作詞作曲は財津和夫ですがボーカルは姫野達也です。ちなみに私が初めて聴いたのは1993年、ちょうど『ひとつ屋根の下』で「サボテンの花」がリバイバルヒットした時にリリースされた財津さんのアルバム『財津和夫ミニ・ベスト・フロム・TV』。ですのでチューリップ版を聴いて随分声が違うなぁと思ったわけですが、そもそも別の人なので当然そうなりますよね。
 「心の旅」「青春の影」と当ブログで扱ってきましたが、チューリップの名曲はフォークでもニューミュージックでもなく、気がつけば童謡にまでなりそうなくらい”愛唱歌”というフレーズがしっくりきます。この曲も非常にシンプルな構成。4小節×4でとても綺麗にワンコーラスが3度繰り返される内容。だからこそ耳馴染み良く、つい口ずさみたくなると言いますか。今となれば知名度は高くないかもしれませんが、この曲もまた自分としては大好きな一曲です。是非皆さんにも聴いて欲しいです。

tag : 1974年 チューリップ ニューミュージック

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